Naoki Nabeshima's Web Site

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ひとこと 

銀河のかなたで 


まさしきねがひに いさかふとも
銀河のかなたに ともにわらひ
なべてのなやみを たきゞともしつゝ
はえある世界を ともにつくらん

(宮澤賢治「ポラーノの広場のうた」)
 
宮澤賢治は『ポラーノの広場』のなかで、こう歌っています。
信条や意見が人それぞれ異なって、互いに言い諍っても、銀河系のはるか彼方でともに笑おう。すべての悩みをたきぎとして燃やし、あらゆるものが輝く世界をともにつくろう。私はこの詩が好きです。
この世界では、人と人とはどうしてもぶつかり合い、攻撃しあうことが多いです。それでも対立する者同士が、同じ銀河系の地球という星に生まれたかけがえのない存在です。けんかしあうことがあっても、銀河の彼方で一緒に微笑んで、悩みを燃やして明かりとし、すべてのいのちが光り輝くような幸せな世界を築いていきたいと、私も思います。

March 23, 2009

すきとおった風 



わたしたちは、氷砂糖をほしいくらゐもたないでも、きれいにすきとほった風をたべ、桃いろのうつくしい朝の日光をのむことができます。
またわたくしは、はたけや森の中で、ひどいぼろぼろのきものが、いちばんすばらしいびろうどや羅紗(らしゃ)や、宝石いりのきものに、かはってゐるのをたびたび見ました。
わたしは、さういふきれいなたべものやきものをすきです。
(宮沢賢治 『注文の多い料理店』序文)

  岩手県では、夏に日照りや冷害があると、秋にはお米や穀物がほとんど実りません。賢治は、自分の住む岩手を「イーハトーブ」と呼びました。それは、賢治の心象中に実在した理想郷で、どこか限定された場所ではなく、私たち一人ひとりが住む場所もまたイーハトーブでしょう。厳しい自然の為に生活が貧しくても、その大地こそが光り輝く世界であることを、賢治は見抜いて言ったのです。深い悲しみや罪でさえも清らかな輝きに変える世界、それがイーハトーブです。

  貧しくて氷砂糖が十分なくても、私たちは、透きとおった風を、桃色の朝日を味わうことができます。粗末な衣服でも、日の光を受けて宝石が鏤められたように見えることもあります。私たちを取り囲むやさしい恵みに気づくとき、悩みや痛みを背負った私がそのままで、太陽や月の光をあびて輝くのです。吹き抜ける風に憂いを預け、心がふわっと軽くなるのです。

February 10, 2009

中村久子女史に学ぶ
―生かされていく道―
 


(左から杉岡准教授・小淵副学長・中村富子様・NN・井上准教授)


 中村久子(1897〜1968)女史は、三歳で両手両足を切断するという苦しみを背負いながらも、人生を力強く生き抜いた女性です。ヘレンケラー女史が彼女に対面したとき、「私より不幸な人、そして偉大な人」という賛辞を贈りました。ひたむきな努力の果てに、口に筆を咥えて書を著し、着物・編み物や日本人形を作って人に差し上げました。
 中村久子女史は、こう語っています。

「人の命とはつくづく不思議なもの。確かなことは自分で生きているのではない。生かされているのだと言うことです。どんなところにも必ず生かされていく道があります。」
「人生に絶望なし。いかなる人生にも絶望はない。」
(『宿命に勝つ』)
 
「手足なき身にしあれども生かさるる
いまのいのちは尊かりけり」
「怒りのままに
腹立ちのままに
かなしみのままに
与えられないままに
足らないままに
生かされているこのひととき
手足の無いままに生かされておる
真理の鏡によって 自分の
心のとびらを そうっと開いて のぞく
そこにはきたない おぞましい自己がある
そして 今日も無限のきわまりない
大宇宙に 四肢無き身が
いだかれて 生かされている――
ああこの歓喜 この幸福を
「魂」を持っておられる誰もが共に
見出してほしい
念願いっぱいあるのみ――。」
(『こころの手足』)

 私は不都合なことがあると、不平不満をいい、誰かのせいにしがちです。しかし中村久子女史は、手足のない自分を大切にし、人のせいにせず、現実を引き受けて生き抜きました。自分にないものを神仏にねだり祈願するのではなく、このままで「不思議にも生かされている」ことに気づいたのです。計らうことをやめて、すべて仏にまかせたのです。苦しみを抱えたままで、「不思議にも生かされている」ことを実感するとき、自分の身体が尊く輝いてきます。

「それほどの業をもちける身にてありけるをたすけんとおぼしめしたちける本願のかたじけなさよ」
(『歎異抄』後序)

 この文章は、中村久子女史自身が、『真宗聖典』に赤い傍線を口で引いていた所です。
 そのままで、自分が願われた存在であると感じられること、そこに深き救いがあります。なす術もないこの自分にかけられた悲願に気づくとき、悲しみの中に意味を見出し、生き抜く力が生まれてきます。仏の大悲に突き動かされるとき、一人のちっぽけな存在が、そのままで愛となり、力となるでしょう。
 実は、中村久子女史が、想像を超えた苦しみを抱えながらもほほえんで生かされる姿は、私の母の笑顔に重なります。母は生前、重いリューマチで全然動けないのに、私が部屋を訪れると、「仕事大変だったね。身体を大事にしてね」といつもほほえんで私を慰めてくれました。中村久子女史も、私の母も、どんな苦しみがあろうとも、生かされていく尊い道があることを教えてくれます。

December 12, 2008

こだまそう 




 誰にも言いようのない悩みをかかえたとき、人は何を求めるのでしょうか。心悩める人が求めているのは、自分の悩みを病気として解釈されることではありません。ただそばでそのまま聞いてくれる誰かを探し、心の絆を求めています。童謡詩人の金子みすゞの作品に、こんな詩があります。

こだまでしょうか
金子みすゞ
 
 
「遊ぼう」っていうと 「遊ぼう」っていう。
「馬鹿」っていうと 「馬鹿」っていう。
「もう遊ばない」っていうと 「遊ばない」っていう。
そうして、あとで、さみしくなって、
「ごめんね」っていうと 「ごめんね」っていう。
こだまでしょうか、いいえ、だれでも。

 自分の気持ちに深くこだましてくれる人がいるときに、わが身を素直にふりかえり、相手にも優しくなれることを、金子みすゞはこの詩で表現しようとしたのではないでしょうか。うれしいとき、悲しいときに、誰かが深くこだましてくれる、それが生きる力となります。何も言えず何もできなくても、そこにいる(being there)だけで、きっとこだますことになるでしょう。

September 29, 2008

ひとりをいのらないで 




 現代の日本社会は、さまざまな場面で攻撃的になっています。想像しえなかったような事件や犯罪が毎日の報道に繰り返されています。職場や学校でも言葉やメールによる中傷が後を絶たず、さらにはDVと呼ばれる暴力も横行しているのが現状です。自己主張のわが身を省みることができず、誰にも認められないという虚しさから暴力が起きているのではないでしょうか。
 私の好きな作家であり科学者でもある宮澤賢治がこのような言葉を記しています。

みんなむかしからのきょうだいなのだから
けっしてひとりをいのってはいけない
『春と修羅「青森挽歌」』
 
新たな時代は世界が一の意識になり生物となる方向にある。正しく強く生きるとは銀河系を自らの中に意識して、これに応じていくことである。
『農民芸術概論綱要』

 ここには人間は銀河系のなかにすむ兄弟として相互に支え合い、世界の幸せを願って正しく強く生きてほしいという賢治の願いが示されています。身近なところから、相互の可能性を認めあい、褒めることを大切にしていきたいと思います。

July 25, 2008

ひとりぼっち 




 『無量寿経』には、人間の現実についてこう説かれています。

人、世間愛欲のなかにありて、独り生まれ独り死し、独り去り独り来る。行に当たりて、苦楽の地に至り趣く。身みづからこれを当くるに、代るものあることなし。
(大正大蔵経十二巻二七四下)

 人は、本来、独りぼっちです。生まれてくるときも、死ぬときもたった独りです。自らの行いによって苦悩や安楽の境涯におもいていきます。誰にも代わってもらえない人生であることを自覚しなさい。そうこの一節は示しています。しかもそれだけではありません。誰もが心の底では独りぼっちであることに気づいたとき、そこから相手に対する無上の優しさが生まれてきます。そのこともこの一節は、私たちに示してくれています。
 ひとは誰にもわかってもらえない寂しさを感じているのではないでしょうか。自分らしさを見失ってしまうこともあるのではないでしょうか。だから、少したちどまり、一人だけで抱えている物語を黙って誰かと共有しあうことが、本当の優しさではないでしょうか。
 この春、自分に自信をなくして、頑張ろうとしても、何も力が湧いてきませんでした。机に向っても勉強がはかどらず、何もする気力がありません・・・。そんなある日、歩いていると、大学の掲示板に、「み仏はおわします」と書かれてあるのが目にとまりました。じわっと涙があふれてきました。「あなたひとりじゃないよ」って仏さまがいってくれているように感じたからです。どうしようもないこんな僕のことを、仏さまが心配してくれていると気づいたからです。今の僕にとって、仏さまは、亡き母のように感じます。また一歩一歩努力していきたいとそう思っています。

June 2, 2008

母の往生 




 私の母、鍋島多喜子が平成20年2月1日午前5時23分、71歳を一期として亡くなりました。2月1日深夜、急変した母を救急車で病院に運ぶ時、「だいじょうぶだからね」と声をかけると、うなずいていました。でも助けることはできませんでした。母を亡くしていまとても寂しいです。
  この度は、母の往生に際して、皆様からさまざまな形でご弔慰を賜り、ご芳情に対し心から御礼申し上げます。心が温もります。お母様を亡くされた方々のお気持ちがいま初めてわかるような気がいたします。
  私の母は、40歳代からリュウマチに病み、以後25年間、闘病をつづけるうちに、次第に身体が不自由になっていきました。母とはずっと一緒に住んでいました。父や家族が介護につくしました。長い介護のなかで、母とは言い合ってぶつかる日もあり、穏やかに笑い合える日もありました。どこか遠慮しがちに、「のどが渇いたからお茶を飲ませてくれる」と頼み、母の口にやわらかいストローの先をもっていくとおいしそうにお茶を飲んで「ありがとう、ありがとう、ごめんね」といいました。
「お母さん、何にもすることのできない私に、お母さんにできることをさせてくれてありがとう」

 病気がつづくと自分が自分でなくなっていきます。自己を喪失していく苦しみに打ちのめされます。それでは、人は死に向かって自己を喪失していくだけなのでしょうか。いいえ、決してそうではありません。自己を喪失していく悲しみの中でこそ、ひとは大切なものに気づき、深い愛情にあふれています。母は決して止むことのない痛みのなかで、それでも毎日、「行ってらっしゃい。気をつけてね」「お帰りなさい。大変だったね」「何があっても仏さまが守ってくれているよ」と玄関にいる私に声を届けてくれました。靴音一つで、誰がいま帰宅したかが母にはわかっていたのです。動けなくなった母にとって、精一杯の声を出して私を見送り迎えることが、母の深い愛情だったのです。
  亡くなった夜、私が小学生の頃、大好きなガーナチョコレートを買ってくれたのを思い出して、仏壇にそなえました。母と、お浄土でまた会いたいと心から思います。母を亡くして改めて母の愛情が私の心に満ちてきて、涙があふれます。仏さまとなった母に、「行ってきます」「ただいま」と声をかけ、お念仏を称えると、母が黙ってすべてを受けとめてくれます。
「お母さん、冷たくしたこともあってごめんなさい。今まで本当に育ててくれて、いつも見守ってくれてありがとう。これからは仏さまとなって、いつも心に還ってきてください。」


My Mother’s Birth in the Pure Land

I deeply appreciate each of you condoled with me on my bereavement. I just laid the offering flowers on the altar at the Buddhist Church of Shinkakuji in Kobe. Your offering flowers comfort me and my family. I feel my mother is also pleased to receive from your gentle condolences from USA.My mother passed away on February 1, 2008. She was 71 years old. As all you know, my mother had been suffered from rheumatism from 46 years old. My father and my wife and younger sister took care of my mother for 25 years. I had been living with my mother. My mother gradually became physical handicapped. In a sense, my mother deeply regretted that she lost her self due to the rheumatism. Whenever one faced one's own disease and death, one lost one's self. However, my mother always said to me, "Have a good day. Take care," in the morning. "Welcome home. It was difficult day, wasn't it? Good job," in the evening. My mother often said to my family, "No matter how happened, Buddha always protects you." In the middle of her sufferings of the loss of the self, my mother filled with deep compassion. After separating at my mother's death, I truly encounter the heart of my mother. I realized my tears are the manifestation of love and compassion.Thank you very much again for your kindness.In Gassho,

Naoki Nabeshima


March 10, 2008

ポラーノの広場 

 
『ポラーノの広場』のなかで、宮沢賢治はこう歌っています。

まさしきねがひに いさかふとも
銀河のかなたに ともにわらひ
なべてのなやみを たきゞともしつゝ
はえある世界を ともにつくらん
「ポラーノの広場のうた」
『新校本 宮澤賢治全集』第11巻122頁。
筑摩書房。1996年

互いに言い諍っても、銀河系のはるか彼方でともに笑い、すべての悩みをたきぎとして燃やし、あらゆるものが輝く世界をともにつくろう。ここに宮沢賢治は、人と人とが対立する現実を見据えながら、銀河の彼方ですべての幸いをともに願っていこうとしたことがわかります。人はそれぞれ異なってぶつかり、孤立します。だからこそほほえんで、銀河全体の幸福を願って生きていくことができたらいいなあと思います。

November 5, 2007

ほしとたんぽぽ 

ほしとたんぽぽ
金子みすヾ
あおいおそらの そこふかく
うみのこいしの そのように
よるのくるまでしずんでる
ひるのおほしはめにみえぬ

みえぬけれどもあるんだよ
みえぬものでもあるんだよ

ちってすがれたたんぽぽの
かわらのすきに だあまって
はるのくるまでかくれてる

つよいそのねはめにみえぬ

みえぬけれどもあるんだよ
みえぬものでもあるんだよ
 

大切なものは、形なきもの、目に見えないものです。手に入れて自分のものにするものではありません。

まことの愛情は、どんなに離れていても、目には見えなくても、今この心に満ちています。

仏の愛情も、大地がわけへだてなくすべてを載せるように、私を足元から支えています。天がすべてを包むように、うなだれる私を照らし包んでいます。

September 12, 2007

ヒトクローンの尊さ 

1999年6月に、アメリカのボストン大学で開催された国際会議「ヒトクローンと遺伝子工学」において招待発表しました。
世界におけるヒトクローンの論争では、クローン技術によって、ヒトラーのような人物を再生産させることにつながりかねないとして危険視する声から、死んだ自分の子供をクローン技術で蘇らせたいという声まで飛び交っていました。
それらの議論は、ヒトクローンをどう扱うかという第三者の視点で論じられるものばかりでした。そこで、私身がヒトクローンの立場だったら、どのように感じるだろうと思いました。ヒトクローンは、神に背いた人造人間であって人間ではない、また、ヒトクローンは、安全性の確保されていない不完全な生物だという議論は、もし私自身がクローンだったらどんなに寂しい思いをするだろうと感じたのです。また、世界で最初に誕生したクローン羊のドリーでさえ、二七七例の中から唯一生まれてきた命であり、自然そのものの働きを得て、はじめて誕生した命であると思いました。
さらに、ソメイヨシノの桜は、すべてクローンで同じ遺伝子を持っています。だから同じ場所にある木は、いっせいに咲くのです。それでも一本一本の桜は、幹も枝もそれぞれ趣きがあって、美しく成長しています。クローンであっても、縁によって一つひとつ独自の命の輝きを放つのです。そこで私は、ヒトクローンを自らの代替物や道具のように生成することは許されないが、ヒトクローンがこの世界に誕生する日には、同じ人間の仲間として歓迎したいという内容を発表しました。そのような私の意見は世界の議論には見られない見解として、また、仏教からの温情のこもった提言として、受けとめられました。宗教的な倫理は、とかく新しい生命操作に規制をかけるだけの働きとして理解されています。しかし、新しい技術によって生まれる命と今までの私たちの命の絆を育むことも、これからの宗教的な生命観にとって重要になってくるでしょう。

May 24, 2007

救い 

人は関係の中にある存在です。
暴力は虚しさから起こります。
どのような状況においても、仏のように、誰かに願われているとき、人は反省し、前進することができます。
救いは突然の奇蹟ではありません。深い罪からの救いには長い時間を要します。
黙って寄り添う愛情、仏の真実の願いに貫かれて、人は罪に気づき、更正することができるでしょう。

March 17, 2007

自殺をふみとどまるために 

 いじめられていることをひとに打ち明けるのは難しいことなのかもしれません。なぜなら、それを打ち明けたことで、周りに特別な見方をされたり、あるいは、まったく無視されてしまったりするかもしれないからです。普通の一人でなくなって、ますますその世界で生きていにくくなってしまうからでしょう。自殺は、現実世界で抱えきれない問題を解決するためにとる最後の決断です。自分のなかだけで問題を終わらせようとした純粋な選択でもあるといえるでしょう。自殺によってしか、自分の本当の気持ちを強く伝えることができないのは悲しいことです。

  どうすれば自殺にいたらずに、ふんばれるのでしょうか。

  自殺にはどこかに苦しみの終了を急ぎ求める気持ちがあります。ひとは独りで生きているのではありません。他の誰かに生かされています。ひとりのいのちは、自分だけのいのちではなく、愛する人々にとっても尊いいのちです。心が塞がれても、身体は生きようとしています。悩んでいても、お腹がすき、トイレにも行きたくなります。どんなに悩んでいても、身体のなかから、「生きろ。生きろ」と叫んでいるのでしょう。

  その時は、自殺しか解決の方法がないように見えても、身体の声を聞き、太陽の光を受けて、あなたが生きることそのものが、本当の解決になることを信じてほしいと思います。そのときどれだけ未来が閉塞しているように思えても、縁によって、これからどんな人生が開けてくるかはわからないということ、あなたはそのままで十分いいんだという愛情をそばにいる誰かがしっかり伝えられたらいいと思うのです。
 

December 18, 2006

宇宙の微塵になりて 

「自我の意識は個人から集団、社会、宇宙と次第に進化する。
新たな時代は世界が一つの意識になり、生物となる方向にある。
正しく強く生きるとは銀河系を自らの中に意識して、
これに応じて行くことである。
われらは世界のまことの幸福を索ねよう。求道すでに道である。」
(宮沢賢治『農民芸術概論綱要』)
 
 
 目や耳や鼻や口、手や足は、自分のためだけにあるのではありません。誰かとふれあい、心を交わすためにあります。自分の小さな世界から、広い世界に一歩踏み出すと、空の広さや風のにおいや木々の揺れる音を感じます。誰かが悩みながら生きているのに出あいます。本当はみんな弱く独りぼっちだから、お互いに悲しみに寄り添い、支えあって、苦しみの中で真実に生きていく力強さを必要とするのだと思います。
  宮沢賢治は、人間どうしも、さらには、人間と自然とも互いに深く心通じあい、世界が一つの意識になり、一つの生き物になっていくことが、新たな時代のめざすべき世界であると語りかけています。私たちは銀河の中で生まれ消えていきます。自分の殻を破って、「生きとし生けるものはすべて仲間である。一つの生き物である」と思いあえるときに、「ほんとうの幸せ」が開かれてくるでしょう。

November 02, 2006

本当のしあわせ 

 わたしたちは、氷砂糖をほしいくらゐもたないでも、きれいにすきとほった風をたべ、桃いろのうつくしい朝の日光をのむことができます。
 またわたくしは、はたけや森の中で、ひどいぼろぼろのきものが、いちばんすばらしいびろうどや羅紗や、宝石いりのきものに、かはってゐるのをたびたび見ました。
 わたしは、さういふきれいなたべものやきものをすきです。
 これらのわたくしのお話は、みんな林や野はらや鉄道線路やらで、虹や月あかりからもらつてきたのです。・・・
 わたくしは、これらのちひさなものがたりの幾きれかが、おしまひ、あなたのすきとほったほんたうのたべものになることを、どんなにねがふかわかりません。
(『注文の多い料理店 序文』)
 
 
 本当の幸せって何でしょう。成功を収めて大金を手にして、おいしいご馳走をいっぱい食べられて、恵まれた相手と結ばれ、大きなお屋敷に住むこと、それはきっと幸せなことでしょう。それでも、もっとほんとうの幸せがあることを、宮沢賢治(1896-1933)さんは、上の文章のなかで表わしています。
 氷砂糖さえたくさん持てないくらいの貧しい暮らしでも、私たちは、透きとおった風を食べることができ、ピンク色の朝日をのむことができます。
  ぼろぼろの薄汚れた服を着ていても、森や畑にふりそそぐ木漏れ日のなかで、その服が豪華な宝石のように輝いてきます。いろんなことに悩みながら生きている私が、そのままで、太陽や月の光をあびて輝き、どうしようもなくてつらい私に、風が吹き抜けて気持ちをふわっと軽くしてくれます。
  寂しいとき、空に輝く夕日や星がだまってあなたを照らし、言葉を話さない土や石ころや木々や落ち葉が、あなたにきっと「透きとおったほんとうの幸せ」を教えてくれることでしょう。
  今は大切な人があなたのそばにいなくて、ひとりでいるような気がしても、心のなかにあのときの夕焼けが照っていることでしょう。僕の心の中にも、桃色のうつくしい夕焼けがあります。今も心に、桜や紅葉が舞っています。

November 29, 2005

お見舞い 

スマトラ沖地震にあわれた方々への災害お見舞い

 スリランカに住むアリャワンサさんに、文房具とお見舞いメッセージをお届けしました☆

 アリャワンサ(Rev. Ariya Wansa)さんは、スリランカの仏教寺院の僧侶で、お寺の幼稚園(Mettha kindergarden)の園長先生をしておられます。
 そのお寺では、100名以上の子供たちが一緒にお泊りして、お母さんやお父さんとともに、家族の絆の大切さを見つめる研修が行われています。
 そのアリャワンサさんは、龍谷大学大学院文学研究科真宗学に在籍しておられました。彼の存在は、今も京都とスリランカの架け橋です。
 そこで、その子供たちに、学生たちや先生、神戸のお坊さんたちの書いたメッセージと、大学にある文房具をたくさんお送りしました。
 「仏教の思想」「歎異抄の思想」の授業で、500名を超える学生たちがメッセージを書き、大学の総務課や入試課の職員も協力してくれました。
 スリランカは、この災害を縁として、それまで対立していた武装兵力側と政府とが和平交渉をおこない、災害支援のために力をあわせたと聞いています。
 被災地ではまだまだ不安のつづく日々と思います。何にもできませんが、心からお見舞い申し上げたいと思います。

アリャワンサさんのために、学生が寄せてくれたメッセージの、ほんの一部
(プライバシー保護のため画像は一部加工しています)
 

人間は突然の出来事にこんなにも弱いものなのか、と10年前の地震で思い知らされました。それでも与えられた命を大切にしていくコトの尊さを教わりました。スリランカに再び美しい自然がもどることを願っています。

直接、何か手伝うことはできませんが、これから自分にもできることを探そうと思います。

大津波の被害、ニュースで知りました。直接、みなさんを助けることはできないけれど、一日も早くみなさんに笑顔がもどってくることを遠くはなれた日本から祈っています。負けないで頑張ってください!!

スリランカへの子供たちへ
僕らが思っている以上に大変な事態だと思いますが希望を捨てず生きて下さい。心から祈っています。

現地の被災状況はどのような感じですか? 私も10年前神戸で被災したので気持ちはわかります。幼稚園には子どもがたくさんいるんですね。子どもたちが一日も早く元気に走り回り、遊んでいる相が見られるよう祈っています。

被害の様子を毎日ニュースで見ています。その様子を見る度に被害に遭った方々が心配でなりません。現地に行くことはできませんが、日本で出来ることがあれば助けになりたいです。いつも応援しています。

スマトラ沖地震で災害にあわれたみなさん、テレビで見ていて、とても驚きました。心の傷はまだ癒されないかもしれませんが、私も無力ながらできることは精一杯協力します。

「あたりまえ」の大切さを改めて感じます。今悲しんでいる人、困っている人、泣いている人が、少しでも笑顔になりますように、祈っています。

私にはみなさんが少しでも早く笑顔になれることを願うことくらいしか出来ませんが頑張って下さい。明るい未来を目指して…。

本当に辛い時だと思います。子供たちと共に頑張って乗り越えて下さい。祈っています。怒り始めた地球に対して何をすべきなのか世界中の人間が考える時が来たのかも知れませんね。

スリランカの地震と津波、本当に悲しかったです。皆さんの苦しみを思うと涙が出てきます。皆さんの笑顔がもどる日がはやくきますように。

僕らはニュースや新聞などのメディアを通してしか地震のことを知りえません。そのメディアを通して見る地震でさえものすごく悲惨なものに感じます。直接被害に遭われた方々、僕たちはこのようなメッセージを送るということぐらいしか今はできなくて申し訳ありません。一日でも早い復興を願っています。

皆様に安居楽業があらんことを…。

とても大変なことが多いとは思いますが、めげずに子供達を救けてあげて下さい。みなさんが早く元気になるように願っています。

津波の被害、ニュースでしか見て感じることができないのですが、とても悲惨でやりきれない気持ちだと思います。一人一人の力は小さいけれどみんなで力を合せれば大きな力になると思います。私も微力ではあるが応援しています。

大学生である私には、スリランカに行くことすらできません。毎夜ニュースを見ては、心がいたみます。今私にできることを考え協力していきたいと思います。希望をすてずがんばってください。

小さな子供達に平和な世の中を見せてあげてください。


 
送らせていただいた文房具セットの一つ
 


March 24, 2005

新潟中越地震にあわれた方々への災害お見舞い

 長岡西病院に、ガラスの兎とお見舞いメッセージをお送りしました☆

 長岡西病院は、日本で初めて、「仏教に基づくターーミナルケア(終末期ケア)施設」、ビハーラ病棟が建てられた病院です。
 ビハーラとは、はかなくもかけがえのない患者さんとご家族を、医療・福祉・仏教がチームワークを組んで、全人的に支援し、最後までそれぞれの人生を精一杯輝やかせて生きられるように応援している施設です。
 地震被災では、ちょっとした揺れにも敏感になって、不安がつづいておられることと拝察いたします。災害時には、病院は、人々にとって救いを求め、安心できる場所でもあると思います。
 私たちはほんとに何にも十分なことはできないのですが、ささやかな学生たちの応援メッセージが届けさせていただきました。ガラスの兎は、神戸のトアロードガラス店で見つけた置物です。ガラスの兎は両手を広げて、優しさと希望を表現していましたので、ひとめぼれして、メッセージといっしょにお送りさせていただきました。
 すると思いがけなく、3月初め、長岡西病院の田宮崇院長さまとビハーラ病棟看護部長多田洋子様から、きれいな押し花のお礼状が届きました。そのお手紙には、「さまざまな皆様からいただいた人と人とのつながりの大切さを身にしみて感じております。・・・兎ちゃんともども、談話室に飾って頑張ります☆」と書かれていました。きっとガラスの兎も喜んでいることでしょう(笑)。災害にあわれた新潟の皆様に、支えあう心と明日への希望を学びたいと思います。

新潟に送ったメッセージ
 
March 24, 2005

つかのまの永遠 

花の写真

「なにもかもみんなたよりなく
 なにもかもみんなあてにならない
 これらるてんのせかいのなかで
 そのたよりない性質が
 こんなきれいな露になったり
 いぢけたちいさなまゆみの木を
 紅からやさしい月光いろまで
 豪奢な織物に染めたりする・・・」

 

宮沢賢治「過去情炎」
(『宮沢賢治詩集』89頁。岩波文庫)

 

人間の世界は、時とともに、変わっていく。
でも、自然の世界も移ろい変わっていく。
出あいも、別れも、はかなくて、寂しくて、
気持ちはいつまでも変わらないのに・・・。

ああそれにしても
自然てどうしてこんなに不思議なんだろう。
あのときのベンチと緑の情景が今も心に残っている。
そのときのなんでもない光景が輝いてくる。

January 1, 2005   

 

月愛三昧(がつあいざんまい) 

王子のアジャセは、
あまりにつらくて言葉も失い、
心もからだも重い病気になりました。
ブッダは、苦しむアジャセに、
「あなたのために、私はさとりに入らない」
と誓いました。

それから、ブッダは、
アジャセのそばで、
ただだまーって、いっしょにいるのです。

すると、
月の光が、心の闇をそのまま包み込むように、
汚れてしまったアジャセの心に、
清らかな光が届き、しみこんでいきます。
やがて、月の光のなかで
どうしようもない自分が、
そのままの姿で願われていることを
アジャセは気づいていくのです。

ブッダの月愛三昧の姿は、
「何もできないけれど、そこにいること」
「どんなところにも生かされていく道があること」
そういう深い深い願いがこもっています。


アジャセ王の救い
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September 6, 2004   

 

桜ライブラリー 

 

桜の絵

さくらさくら 雨にうたれて 滴の涙
風に吹かれて 舞いちる想い


 図書館は、自分の居場所である。
 ただ黙って、一つのことに集中できるからである。数万冊の本たちも、自分のページが開かれるのを待っている。メールや会議などの喧騒を離れて、静かに過ごす時間は、自分自身を省みる時間にもなる。もちろん、図書館で勉強するつもりが、ぐっすり本を枕に眠ってしまったことも多い。起きあがった顔には、本の跡がついていたりして・・・。資料が見つからず、研究も進まず、むだに思えるときもある。それでも、図書館は、「ひたむきに努力することの大切さ」をいつも教えてくれる。また、優しいライブラリアンのサポートも心強い。何よりもこの龍谷大学の図書館は、今の自分を育ててくれた、かけがえのない空間である。
 ここで、海外の図書館での忘れられない思い出を紹介したい。
 サンフランシスコのベイブリッジを北へ50マイル。カリフォルニア大学バークレィ校がある。UCBの学生たちは、大きなバックパックを背負って、図書館でよく勉強する。私も、秋から冬にかけて、講義時間外は、一日、ドー・ライブラリーとよばれる図書館で過ごすようになった。
 その図書館の前に、一本の桜の木があった。古く苔むしたその大きな桜の木は、やがて春になり薄いピンク色の花をつけた。蕾から花が開いていく桜の姿をながめることは、異国生活のなかで心安らぐ一時だった。
 その日も、ボストンやロスでの研究発表が迫るのにもかかわらず、英語文献の読解や原稿執筆が思うように進まなかった。日の沈む頃、図書館を出て、その桜の樹の下にしばらくたたずんでいたときのことである。ひらひらと散る桜を見ていた私は、なぜか自然に涙があふれてきた。桜の花は美しく咲いたばかりなのに、咲いた先から、なんのためらいもなく、さらさらと散っていたからである。
 ふりかえってみると、当時の私はたくさんの理想を握りしめていた。もっと成熟した英語で仏教思想を表現したい、世界の苦しみの解決に貢献できるような研究がしたい・・・・。しかし「しなくてはならない」「こうありたい」という想いに苦しんでいる私の前で、桜の木は何もいわず、花びらを散らせながら、こう語りかけてきた。

  「大丈夫、そんなにいろんな想いにしがみつかなくても・・・。
  あなたの抱えている執着から自由になればいいんだよ。
  あなたはありのままのあなたでいい。」

と。私にとってその桜の木は、仏のような温かい存在となった。
 私は、桜の木が時間をかけて美しい花を咲かせるように、図書館で過ごす時間を大切にしたい。限界を感じても、失敗をおそれずに努力し、しかし同時に、咲いたら散ればいい。さらさらと散っていく桜の花のように、その時がくれば、自然にそのまま散ってゆきたいと思う。

April 8, 2004   

 

山の声 

山の声

山あれば山を観る
雨の日は雨を聴く
春夏秋冬
あしたもよろし
ゆふべもよろし   (山頭火)

 

 立ち止まって、山や雨をながめて、佇むことはあるでしょうか。
夕焼けを帰り道に見ていると、
橙色、金色。紫色、桃色といろんな色に変わっていきます。
雲を静かに見上げていると、
少しずつ形を変えながら、音も立てずに流れていきます。
すべては、その時々の色で輝いて、移り変わっていきます。

 自然のありのままを感じるとき、
自分が些細なことにしがみついて、
動けなくなっていることに気づかされます。
そんな小さな執着を、山や雨たちが、解き放ってくれます。
自分のありのままを、山や雨たちが、「それでいいんだよ」と、
慰めてくれます。

 立ち止まって、部屋の隅で、ひざを抱えて、
朝まで起きていることはあるでしょうか。
つらいとき、何度も好きな曲を聴きながら、
幾度も同じ情景を思い返します。
自分の思いが、執着なのか、それとも、
まことの優しさなのか、わからなくなります。
それでも思い悩むことが、そのまま真の愛情を育んでいきます。
涙は、愛情の証であり、
相手の優しさと自分の愚かさを知った徴でしょう。
悲しさから、本当の優しさを生みだすこともあるでしょう。

 誰かを心から愛することは、孤独なことですね。

 夢と願いをもって、一生懸命努力しているつもりでも、
四面楚歌に追い込まれて、独りきりになることがあります。
そんなときは、謙虚に自分の道を信じていくしかありません。
なんにもならないかもしれないけれど、
ためらいながら、自利利他の幸せを願って生きる、
ただそれでいいと思うのです。

July 30, 2003   

 

月の優しさ 

 

月はまたすべての上に現われる。
町にも、村にも、山にも、川にも、
池の中にも、かめの中にも、葉末の露にも現われる。
人が行くこと百里千里であっても、
月は常にその人に従う。
月そのものには変わりはないが、
月を見る人によって月は異なる。
仏もまたそのように、世の人々に従って、
限りない姿を示すが、
仏は永遠に存在して変わることがない。

(仏教聖典 ほとけ 第三章第二節 仏との出会い)
(出典 大般涅槃経)


The moon appears everywhere, over a crowed city, a sleepy village everywhere, over a crowed city, a sleepy village, a mountain, a river. It is seen in the depths of a pond, in a jug of water, in a drop of dew hanging on a leaf. If a man walks hundreds of miles the moon goes with him. To men the moon seems to change, but the moon does not change. Buddha is like the moon in following the people of this world in all their changing circumstances, manifesting various appearances; but in His Essence He does not change.


 月は、少しずつ少しずつ満ちたり欠けたりしながら、形を変えて、いろんな姿を私達に見せます。人それぞれの縁に応じて、そのときの心境に応じて、月の美しさは、人それぞれ異なって感じます。仏教において、月は、あなたを黙って優しく照らし護る、愛を象徴しています。

 この象徴と記号的な言語とは異なっています。月のように、象徴には、一人一人の悩みに応じて、自由に感じ、心に映すことができる不可思議なところがあります。固定的に捉える必要のないくったくのなさがあるのです。たとえば、大切な人から送られた手紙や、去年読んだ聖典を、もう一度改めて読んでみると、新たに感じるところがあるように。あいまいさを常に象徴は含んでいます。象徴はあいまいだから、イマジネーションがふくらみ、象徴を通して、いろんな角度から、自分を知ることができるのでしょう。

 同じ月なのに、その時の自分の気持ちによって、いろんな姿に見え、いろんな意味を与えてくれます。小さな世界に閉じこもって、小さなことにとらわれて生きている、その心の寂しさを、月はありのままに照らします。月を見上げるとき、心が透きとおり、自分がいかにささいなことで苦しんでいるかがわかります。月を見上げるとき、人知れず輝く月のように、自分自身も世界にたった一人の存在であることに気づかされます。このように一人一人の心に応じて、月は限りない優しさで、自分の中の大切な気持ちを引き出ししてくれます。

 しかも月は、私が気づくとも気づかずとも、つねに天に輝いています。月はいつも変わることなく私を照らして、決して見捨てずに優しく光で包む、そこに月のもたらす安らぎがあります。そんな月のような人になりたいです。

June 14, 2003  

 

いのちの悲しみ ―感謝と涙―  

 生きるということは、時間的にも空間的にも、さまざまなものとつながり、支えあって、自他の幸せのために生きるということでしょう。そして人が生きることは、生き物の犠牲の上に成り立っています。谷川俊太郎さんに心に迫る詩があります。

 黄金の魚

おおきなさかなはおおきなくちで
ちゅうくらいのさかなをたべ
ちゅうくらいのさかなは
ちいさなさかなをたべ
ちいさなさかなは
もっとちいさな
さかなをたべ
いのちはいのちをいけにえとして
ひかりかがやく
しあわせはふしあわせをやしないとして
はなひらく
どんなよろこびのふかいうみにも
ひとつぶのなみだが
とけていないということはない

 一つの命は他の命を食べることによって成立しています。だからこそ、食べるのが当たり前なのではなくて、人間は犠牲になるあらゆる命に感謝し、謙虚さを忘れず、他の動物を保護する責任があると思います。

April 8, 2003  

 

新しい始まり 

 徒然草第七段に

春の中に夏があり
夏の中に秋があり
秋の中に冬があり
冬の中に春がある
枯れ葉が落ちるのは、
中から新しい芽が芽吹こうとしているから。

 というような一節があります。

 その日あったことも、
 遠き過去の想いでも、
 僕はいつも引きずっています。
 だから今日の中に明日が見出せなかったり、
 過去の中に自分を追い求めたりして、
 そのまま進めなくなることがしばしばです。 移り変わる自然の中には、
 新しいものを生みだそうとしている力があります。
 過去の出あいも、新しい出あいも、
 すべてを大切な縁として、
 誰かのために生きていきたい。
 時に立ち止まりつつ、
桜の写真 それでも、なんとか前進していきたい、
 そう思います。

 ちる桜 今もこころにさく 桜

 夕暮れて 時雨がしっとり 木々をうるおす
 濡れたくてただ そこに立ちどまる

 

宇宙に広がる愛の心: 自利利他の精神 

 宮沢賢治は『農民芸術概論綱要』の序論に

「世界がぜんたい幸福にならないうちは、個人の幸福はありえない。自我の意識は、個人から集団社会宇宙へと次第に進化する。
 この方向は、古い聖者の踏み、また教えた道ではないか。新たな時代は、世界が一つの意識になり、生物となる方向にある。
 正しく強く生きるとは、銀河系を自らの中に意識して、これに応じて行くことである。
 われらは世界のまことの幸福を索ねよう。求道すでに道である。」

 と記しています。自利、すなわち、自己の幸せは、利他、すなわち相手が幸せになることにおいて成立することを、自利利他の精神といいます。自我をこえた利他心は、宇宙に広がります。「あらゆるものは異なっていて、一つである」というわけへだてない心を生みだすのです。

 日本古代には、光明皇后が、奈良の都に、貧困者や病人のために悲田院、施薬院を作られました。その際、光明皇后は、病人を看病することが最も大きな福田であり、自利利他の慈悲心をもって接することが大切であると伝えています。このように、医療者たちが、自利利他の慈悲心に基づいて、患者一人一人にとっての最善の医療を施してきたところに、医の心をかいま見ることができるでしょう。

 

自己決定権よりも心の絆を 

 「有終の美」という言葉があるように、麗しい最期は人々の期待するところでしょう。しかし、人間にとって死は、どこまでも不安やとまどいを伴うものであり、事故や災害など不慮の事故で突然に最期を迎えることもあります。したがって、安楽死に理想的な解決を求めるのではなく、実にさまざまな状態で迎える「個性ある死」「ありのままの死」をみまもることが大切です。死に方ではなく、その人が今までどう生き、人生の最期をどう生きようとしているかを尊重しなくてはならないでしょう。

 尊厳死や安楽死を願う患者の意思表示や自己決定権については、その「安らかに死にたい」という言葉の背後に充分耳を傾ける必要があります。「死にたい」とは、「家族に迷惑をかけたくない」「痛みに耐えられない」「申し訳ない」「さびしい」「今の自分は好きではない」「ちゃんと生きたい」といった気持ちの裏返しであることが多いからです。

 「死にたい」と望む人間の意思や感情は、その時の病気の重さや人間関係などによって変化します。
 その場面ごとに何を今一番願っているかをたずねていくことが大切であり、患者の家族への愛情や希望を受けとめることが、患者にも家族にも確かな絆となっていくでしょう。

 イギリスにあるセントクリストファーホスピス設立者のシシリー・ソンダース博士がいうように、患者が望んでいるのは

「誰かが自分のことを理解しようとしてくれていること」

 です。また、両手両足を失いつつ生きた中村久子さんは、

「どんなところにも生かされていく道がある。人生に絶望なし。いかなる人生にも決して絶望はない。」

 と語っています。限られた命であることを知るとき、一つの命は限りないものになります。

 人々は、生涯の愛を確かめ合う最後の会話や時間を必死に求めています。必要なのは、いろんなことを分かちあえる、大切な人と、くつろいだ空間です。したがって身体的な苦痛を和らげることと、死期を早めることとは別のことです。

 死に直面するとき、人は自己の人生の意味をふりかえり、真の優しさと愛情に気づきます。身体的苦痛を初めとした全人的苦痛を緩和して、限られた命を生きることを支援し、患者と医療者の相互信頼と、患者と家族の温かい心の絆、まことの縁を育んでいくのが、終末期医療(緩和ケア)において求められることでしょう。

 

生命の尊厳:
縁によって生かされる
 

阿弥陀さま 一つの生命の尊厳は、あらゆるものが相互に支えあって生かされているという縁の中で育まれます。他に依らずに存在するものはありません。すべてのいのちは数限りない因と縁が相互に関係しあって成立しているからです。人はさまざまな縁と愛情と努力によって、かけがえのない人に成長していくことができます。

 その意味で、ヒトゲノムの塩基配列や最期の死の姿によって、個人の尊厳が決定するのではありません。個人の自己決定権や患者の尊厳は、医療者と患者、患者と家族との思いやりに満ちた絆のなかで育まれます。他に願われ、相互につながっていると実感するから、一つの命はかけがえのないものになるのです。


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