−エッセイ・短評−


ファシズム


語源はイタリア語のファッショ(fascio、複数形fasci)であるが、古代ローマの執政官が権威の象徴として携帯した斧束棹(ファスケス)に 由来している。近現代イタリア史においては、固定的な組織構造を作らず、特定の政治目標に結集した同志意識を持つ人々の運動を表し、 勤労者の社会改良運動や第一次大戦への参戦運動など様々なファッシが作られた。1919年3月ムッソリーニが組織した「戦闘ファッシ」 (fasci di combattimento)が今日の意味でのファシズム運動の最初であり、これが21年11月にファシスト党にまで発展した。 1920年代から30年代にヨーロッパをはじめアジアや南米など各地でイタリアと類似の運動が自生的に台頭し、若干の国では権力の獲得に 成功した結果、こうした運動・団体・体制がファシズムと総称されるようになった。しかし、ドイツとイタリア以外を権威主義体制と名付ける説もある。

ファシズム運動が初めて登場したのは第一次大戦直後で、戦闘ファッシ、ナチ党の前身であるドイツ労働者党結成とヒトラーの入党は1919年であった。 その運動は構成員(参戦活動の経験者、復員軍人の割合の多さ)、イデオロギー(英雄的少数者の賛美、死と暴力と肉体の聖化)、 スタイル(制服と鬨の声、戦友的連帯、規律と集団行動、準軍事的組織の存在)において、大戦の刻印を帯びていた。 この運動は30年代にはヨーロッパの4大国中(英仏独伊)の2国を制覇し、42年夏にはナチス・ドイツの軍事力を背景にほぼ全ヨーロッパを支配し、 第二次大戦によって滅亡した。この点で、ファシズムは「世界戦争の時代」の現象であると言える。

ファシズムを生んだ前提条件は、第一に第一次大戦後の資本主義社会の動揺、総力戦と恐慌による国家と社会の全面的混乱、 第二にベルサイユーワシントン体制と呼ばれた国際関係、米英仏など先進帝国主義諸国中心の世界秩序に対する独日伊などの 後発帝国主義諸国の実力による挑戦、第三に民主主義の未成熟、第四にロシア革命に続くコミンテルン型世界革命運動による社会革命の危機感であった。

ファシズム運動の社会的基盤は、農民、中小企業者、手工業者、小商店主、ホワイトカラー、教師などの新旧中間層と復員軍人、失業者であった。 その理由は、ファシズムが大資本と労働運動の台頭に脅かされた諸階層が抱いた旧来の社会・身分秩序の維持の願望と危機にある近代社会における 自己の正当な位置を求める変革要求(「国民革命」「ナチ革命」「新しい社会」の主張)という二つの面に応える受け皿となったからである。

ファシズムには体系的な哲学や理論という意味でのイデオロギーはないが、共通の思想的特徴を持っている。それはa)急進化した共同体思想、 つまり共同体(民族や国家)という「全体」の立場の絶対化、個人の否定、異端の排除、新しい共同体と新しい人間の建設の探求、b)ナショナリズムと 社会主義の結合 c)エリート主義と社会ダーウィン主義による「指導者原理」、暴力と戦争の正当化 d)ウルトラ・ナショナリズムと生存圏思想、 自国・自民族至上主義と人種主義 e)反共産主義・反民主主義 f)知性と論理よりも本能、意志、直観、肉体的エネルギーの重視などである。

ファシズム体制の特徴は、a)執行権の独裁、一党独裁と「強制的同質化」、具体的には言論・集会・結社の自由など自由主義的諸権利の全面的抑圧、 b)秘密警察など政治警察を核とするテロの全面的制度化、c)大衆の積極的動員の制度化、 労働者や市民の余暇の組織化、青少年や女性をはじめ全階層の組織化を通じての国家や党による個人の全面的包摂と擬似的な解放・参加の促進、 d)経済への国家介入であり、全体主義論はこれらの点でのスターリン体制との類似性を主張した。 同時代に注目すれば、ニューディールやソ連の国家社会主義と並ぶ「危機への代案」の一つと言える。

ファシズムの権力掌握については、軍・官僚・財界・教会などの既成の支配層の反動化した部分とファシズム運動との政治的同盟を特徴とし、 主導権をどちらが持っているかによって「下からのファシズム」と「上からのファシズム」区別される。

ファシズムと近代との関係では、かつては近代に対する「逸脱」「逆行」と捉えられてきたが、近年ではその政策の「近代化推進」効果を肯定する 議論がある。また、ナチの人種政策、障害者・同性愛者に対する断種・安楽死などの政策を貫く優生学は19世紀以来の科学の到達点であり、 普通の人々に共有されていたのであり、異常性格者による支配という考えは今日では否定されている。 第二次世界大戦後のファシズム類似の運動は「歴史的ファシズム」と区別して、ネオ・ファシズム、ネオ・ナチズムと呼ばれている。